大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和57年(ヨ)1213号 決定 1983年2月24日

債権者

武富敏治

(ほか九名)

右債権者ら訴訟代理人弁護士

諫山博

小島肇

田中久敏

債務者

医療法人大成会

右代表者理事

大塚量

右訴訟代理人弁護士

加藤美文

森元龍治

主文

一  債務者が昭和五七年一二月一七日付でした各債権者に対する別表記載の各配転先への配置転換を命ずる意思表示の効力をいずれも仮に停止する。

二  申請費用は債務者の負担とする。

理由

一  債権者らの本件申請の趣旨及び理由は、別紙一記載のとおりであり、債務者の答弁及び主張は、別紙二記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  債務者は、肩書地(略)において福岡記念病院(以下「債務者病院」という。)を経営する医療法人であり、従業員約二三〇名を雇用している。

債権者らは、いずれも債務者に雇用され、債務者病院において、昭和五七年一二月一七日当時、それぞれ別表「職種」欄記載の職種にあったもので、債権者佐藤義男は放射線科に所属しRI(「ラジオ・アイソトープ」の略)検査業務に、その余の債権者らは、臨床検査室に所属して臨床検査ないしその補助業務に従事していた。

(二)  債務者は、各債権者に対し、その同意を得ることなく、右同日、別表「配転先」欄記載の各部署に配置転換する旨の意思表示(以下「本件各配転命令」という。)をした。これに対し、各債権者は、同日以降異議を留めたうえ、本件各配転命令に従い右各部署での業務に従事している。

2  債権者らは、債務者との間の各労働契約において債権者ら各自の就くべき職種が限定されていたから、各債権者の同意を欠く本件各配転命令は無効である旨主張するので検討する。

(一)  債務者病院における検査技師らの業務の内容、性質等について

(1) 臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律(昭和三三年四月二三日法律第七六号)にいう「臨床検査技師」とは、厚生大臣の免許を受けて、臨床検査技師の名称を用いて、医師の指導監督の下に、微生物学的検査、血清学的検査、血液学的検査、病理学的検査、寄生虫学的検査、生化学的検査及び政令(同法施行令<昭和三三年七月二一日政令第二二六号>一条参照)で定める生理学的検査を行うことを業とする者をいい(同法二条一項)、右の厚生大臣の免許を取得するためには、原則として、学校教育法五六条一項の規定により大学に入学することができる者で、文部大臣が指定した学校又は厚生大臣が指定した臨床検査技師養成所において三年以上前記各検査に必要な知識及び技能(右各検査のための血液を採取する行為で政令<前記施行令一〇条参照>で定めるものに必要な知識及び技能を含む。)を修得し、右の知識及び技能について行われる臨床検査技師国家試験に合格することを要するものとされる(同法三条一項、一一条、一五条)。前記各検査のうち、いわゆる生理学的検査を除くその余の検査については、右免許を取得していない者でもこれをなしうるが、右生理学的検査及び採血は臨床検査技師の資格を有しなければこれをなすことを業とすることができない(同法二〇条の二)し、臨床検査技師の資格を有しない者が臨床検査技師という名称を使用することも禁ぜられ(同法二〇条一項)、また、臨床検査技師たる者には信用失墜行為の禁止(同法一八条)、秘密保持義務(同法一九条)等の義務が課せられている。

(2) 本件各配転命令当時の債務者病院の臨床検査室(以下単に「検査室」ともいう。)における検査業務の内容についてみるに、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

検査室の検査業務は、血液・尿検査、生理学的検査(心電図検査、脳波検査等)、細菌・血清学的検査、生化学的検査、病理学的検査等に分類され、約一七名の室員によって処理されていた。右室員のうち、約六名が検査技師の免許を有する者(以下単に「検査技師」ともいう。)であり、その余は検査技師の免許を有しない助手(以下単に「検査助手」ともいう。)でその大半は夜間福岡県私設病院協会専門学校(以下単に「専門学校」ともいう。)臨床検査専門課程臨床検査科に通学していた。右専門学校は、前記法律一五条一号にいう学校養成所として同法一七条及び臨床検査技師学校養成所指定規則(昭和四五年一二月二八日文部省厚生省令第三号)に基づいて設置された夜間定時制の専門学校で、物理化学等の基礎科目のほか臨床化学、血液学、微生物学、血清学等の臨床検査実務に必要な各種の専門科目を学科内容としており、学科の性質上、実習授業の占める比率が高く(その所定の時間数は延べ一七〇〇時間を越す。)学生が病院等において一定の臨床検査業務に従事している場合には、右業務に従事している時間数を実習授業の時間として認定申請できる旨同校学則の細則で定められている。また、債務者病院に採用されて検査助手の職種に就いた場合、個人差はあるものの、一般に、当初半年間程は検査業務の単なる補助ないし見習にあたるが、その後次第に単独ででも検査を実施するようになり、経験を積むうち一定の検査については検査技師の免許を有する者と何ら異なることのない業務を担当するようになるのが通常であった。なお、右の者らのうち一定の者は、債務者病院からポケット・ベルを配付され、これを常時携帯し、定められた勤務時間外でも緊急の必要に応じて検査室に駆けつけ検査業務に就くべきものとされていた。また、債務者から支給される給与の水準についてみると、専門学校に通学している検査助手の場合は初任給が一般の事務職に比して相当低額に抑えられているが、専門学校を卒業して検査技師の免許を取得すると、通常大幅な昇給が行われ危険手当が付加される例であった。

(3) また、診療放射線技師及び診療エックス線技師法(昭和二六年六月一一日法律第二二六号)によると、医師の指示の下に放射線を人体に対して照射(撮影を含み、放射線照射機器又はRIを人体内にそう入して行うものを除く。)することを業とするためには、診療放射線技師又は診療エックス線技師の免許を取得することを必要とされている(同法二条二項、二四条一項)。しかし、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者病院においては、昭和五二年、RI機器を導入して、放射線科の中に一応他と明瞭に区分されたRI検査部門を設置し、以後ここでRI検査業務を実施してきたが、右の債務者病院のRI検査は人体内にRIをそう入して行う検査と採血された血液検体中の微量物質の定量測定を行う検査であるため、前者を実施するのに医師の資格を必要とするのみで、後者を行うについては特別の免許等を必要としないことが一応認められる。もっとも、放射性同位元素装備機器等を使用する者は、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(昭和三二年六月一〇日法律第一六七号)により、放射線障害の防止について監督を行わせるため、第一種又は第二種放射線取扱主任者免状を有する者のうちから、放射線取扱主任者を選任しなければならないものとされ(同法三四条一項)、なお、右免状のうち第一種放射線取扱主任者免状は、科学技術庁長官が放射性同位元素及び放射線発生装置の取扱い又は管理に必要な専門的知識及び経験を有するかどうかを判定するのに必要な範囲及び程度において行う放射線取扱主任者試験に合格し、かつ、同長官の行う講習を修了した者に対して交付されることになっている(同法三五条二項、同法施行規則<昭和三五年九月三〇日総理府令第五六号>三三条二項)。

(二)  各債権者が債務者病院に採用されるに至った経緯、採用後本件各配転命令に至るまで就いていた業務の内容、この間給与等債務者から受けていた待遇の変遷等についてみるに、当事者間に争いのない事実及び疎明資料並びに審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 債権者武富敏治

債権者武富敏治は、昭和五四年三月、福岡県私設病院協会専門学校臨床検査科の入学試験に合格したが、その際、同校から就職先の斡旋を受け、同校から指定された就職のための面接の日である同月初めころ、同校において、当時債務者病院臨床検査科長であった末松英資(以下単に「末松科長」という。)による採用面接を受けた。末松科長は、同病院の臨床検査室の設備が充実したものであることのほか、その規模、業務内容等について説明し、債権者武富の臨床検査技師を目指すという志望を聴取したうえ、免許取得後は検査技師としての待遇を与える旨述べて同病院への勤務を慫慂した。間もなく、債権者武富は、債務者から採用の通知を受け、同月中旬ころ債務者病院臨床検査室に出頭し、同室員に紹介されるとともに検査機器等を見学した。その後、同月二〇日ころ債務者病院の院長である大塚量(以下単に「院長」という。)に紹介されたうえ、同検査室の業務に就き当初は臨床検査の補助業務を、約半年後からは次第に簡単な検査業務をも担当するようになり、以後約三年間、昼間は右のとおり債務者病院に勤務する傍ら、夜間は右専門学校に通学し、昭和五七年三月同校臨床検査科の課程を修了してこれを卒業し、同年五月二九日検査技師免許を取得し、その後も引き続き本件配転命令に至るまで同検査室において検査業務に就いてきた。以上の経過を通じて、債権者武富が債務者から職種の変更がありうるとの説明ないし提案を受けたことはなく、また、同債権者は、当然に右検査室でのみ就労すべきものと考えてきた。さらに、債務者病院における待遇面をみると、採用当初の給与(本給)は月額約六万一〇〇〇円で、その後毎年約三〇〇〇円の昇給があるにすぎなかったが、右専門学校を卒業した直後の昭和五七年四月には一挙に月額約九万円となり、技師免許取得後は月額九万九七〇〇円となった。

(2) 債権者船越宏治

債権者船越宏治は、昭和五二年二月ころ、高等学校卒業後福岡県私設病院協会専門学校臨床検査科に通学することにしていたが、債務者病院において、夜間は専門学校に通学させ、将来臨床検査技師国家試験に合格した場合には臨床検査技師としての待遇を与えることを前提に検査助手を募集していることを知り、同月二二日ころ、債務者病院に赴き、末松科長の面接を受けた。面接後、同科長が院長と連絡をとったうえで同債権者に対し、採用する旨告げたので、同債権者は、同月二四日から出勤して検査主任の指示の下で生化学的検査等の補助業務に就くことになった。以後約三年間、昼間は検査室において臨床検査ないしその補助業務に従事し、夜間は前記専門学校に通学し、昭和五五年三月同校を卒業し、昭和五七年四月臨床検査技師国家試験に合格して同年六月二六日同免許を取得し、その後も引き続き本件配転命令に至るまで検査室において検査業務に就いてきた。なお、同債権者の債務者病院における待遇をみるに、同債権者は、専門学校を卒業してから臨床検査技師免許を取得するまでに約二年間を要し、その間に徐々に昇給したため、免許取得による本給の昇給は月額約一七〇〇円にとどまったが、昇給後の本給の額は債権者武富らと同額の月額九万九七〇〇円であった。

(3) 債権者山下広光

債権者山下広光は、昭和五七年二月ころ、臨床検査技師養成所である美萩野臨床医学専門学校に在学中であったが、その年の臨床検査技師国家試験を受験することになっていたため父の知人である末松科長に合格後の就職斡旋方を依頼していたところ、同年三月末ころ、末松科長を通じて債務者病院に呼び出され、院長による面接を受けた。その際、院長は、あらかじめ右専門学校に同債権者の右国家試験合格の見込み等について問い合せていた末松科長に、同債権者が右試験に合格する見込みであることを確認し、同債権者に対し「立派な検査技師になるように」と告げてその採用を決定した。債権者山下は、その数日後から債務者病院に出勤し、臨床検査室における業務に就いたが、同年四月二三日ころ右国家試験合格後に他の合格者らとともに、末松科長に伴われて院長に挨拶に行き、院長から再び立派な検査技師になるようにとの激励を受けた。なお、同債権者は、同年七月二三日技師免許を取得し、それに伴って約一六パーセント昇給し本給の額は債権者武富、同船越と同額になった。

(4) 債権者戸山暁子

債権者戸山暁子は、昭和五三年三月、福岡県私設病院協会専門学校臨床検査科の入学試験に合格し、同校から就職先の斡旋を受け、同校から指定された日に同校で債務者病院の末松検査科長による採用面接を受けた。同債権者は、右面接において、末松科長から検査室についての説明を受けたほか、検査技師の免許取得後は正規の技師として待遇する旨説明されたので、同検査室で働きたい旨の希望を述べた。同月中旬ころ、同債権者は、末松科長から採用が決まった旨の電話連絡を受け、同月二七日、検査室に出頭し、院長に初めて紹介されたうえ、同検査室の業務に就き、それ以後約三年間、昼間は検査室での検査ないしその補助業務に携わる一方、夜間は右専門学校に通学し、昭和五六年三月同校を卒業後も引き続き本件配転命令に至るまで検査室での検査業務に従事してきており、現在も前記国家試験の受験勉強中である。

(5) 債権者金丸善彦

債権者金丸善彦は、昭和五四年三月、臨床検査技師免許を有する叔父の勧めで、右専門学校の入学試験を受験しこれに合格するとともに、知人から、昼間検査助手として、勤務し夜間専門学校への通学の便宜を供与する病院として債務者病院を紹介され、同月三一日ころ末松科長による面接を受け、同日から検査室での検査補助等の業務に就き、それ以後本件配転命令に至るまで検査室での検査ないしその補助業務に従事してきた。右専門学校においては、二年間留年したため現在その二年生として在学中である。

(6) 債権者外山之紀

債権者外山之紀は、昭和五五年三月、右専門学校の入学試験に合格し、同校からの就職斡旋を受け、就職のための面接の日を指定されたので、その指定日に、同校内において検査助手採用予定のある各病院の関係者による面接が実施され、同債権者は、末松科長による債務者病院への就職のための面接を受けた。その際、同科長は、検査室の規模、設備等を説明して検査室で働くよう勧誘し、同日中に同債権者を債務者病院へ案内し、検査室員に紹介し、同室を見学させた。同債権者は、数日後、電話で末松科長に検査室で働きたい旨申し出たところ、同科長から同年四月二日に検査室に出頭するよう指示された。当日、同室に出頭した同債権者は、同科長に連れられて院長に簡単な最初の挨拶を済ませたあと、吉富英次検査主任の指示の下に検査補助の業務に就いた。その後、同債権者は、本件配転命令に至るまで検査室での検査ないしその補助業務に従事し、夜間右専門学校に通学し、現在同校に三年生として在学している。

(7) 債権者西田修

債権者西田修は、昭和五六年三月、右専門学校の入学試験に合格し、同校から就職先の斡旋を受け、末松科長による面接のほか、後に院長による面接を受けて債務者病院に採用された。採用後は、本件配転命令に至るまで検査室において検査ないしその補助業務に携わる一方、夜間専門学校に通学し、現在、同校に二年生として在学中である。

(8) 債権者山川まち子

債権者山川まち子は、昭和五六年三月、右専門学校の入学試験に合格し、同校から就職先の斡旋を受け、末松科長による面接を受けた。同科長は、同債権者に対し、検査室の設備の優秀性や検査技師免許取得後は検査技師としての待遇を与えることなどの説明をし、同日中に、同債権者を検査室に案内してその見学をさせた。その結果、同債権者は検査室で働くことになり、同年四月五日同科長に伴われて院長に挨拶をした後、検査室の業務に就き、本件配転命令に至るまで、検査室での検査ないしその補助業務に携わる一方、夜間右専門学校に通学し、現在、同校に二年生として在学している。

(9) 債権者小田真二

債権者小田真二は、昭和五六年一二月、債務者病院において、同病院事務長と当時臨床検査科の検査主任であった吉富英次による採用面接を受け、その際、同病院の検査室の規模、内容等につき詳細な説明を受けるとともに、臨床検査の夜間専門学校に通学を許すこと、同病院で検査助手として検査業務の補助等を行いながら専門学校に通学すれば、三年後にこれを卒業するに際して受験することができる臨床検査技師国家試験に必ずや合格することができるであろうこと、さらに、右試験に合格して検査技師の免許を取得した後は同病院で検査技師として待遇する旨の説明を受けて、同病院に就職することを決意し、その結果昭和五七年三月、債務者病院に採用された。同債権者は、同年四月からは夜間前記専門学校に通学する一方、本件配転命令に至るまで検査室において臨床検査の補助業務等に従事してきた。

(10) 債権者佐藤義男

債権者佐藤義男は、昭和五一年末ころ、福岡大学理学部化学科生化学教室に在籍していたが、同教室の教授から、債務者病院でRI機器設置に伴い生化学専攻の学生を二名採用する予定がある旨聞き、同教授の仲介によって、院長宅において採用面接を受けた。当日、同債権者のほか、同級生である大内某を含めて三名が面接を受けたが、その際、同債権者は、院長から、生化学を専攻した者の病院という職場における必要性と将来性について理解のある説明を受けたので、RI機器を使用してするRI検査の業務に大学での専攻を生かすことができるものと考え、同病院に就職することを決意した。同債権者は、前記大内とともに債務者病院に採用され、昭和五二年三月二五日から同病院放射線科に配置されて、新設のRI部門におけるRI検査業務に就き、以後本件配転命令に至るまで右の業務に従事してきた。なお、この間、同債権者は、昭和五三年八月二九日から日本核医学会によって実施された核医学講習会に参加し、また、昭和五四年一一月二二日、前記の第一種放射線取扱主任者免状を取得するなど、RI検査に関連する研鑚に努めてきた。さらに、債務者病院における待遇面をみると、同債権者は、本件配転命令当時、本給のほかに技術手当として一万円、危険手当として三〇〇〇円を毎月支給されていた。

(11) なお、債権者武富以外の債権者についても、それぞれ右認定の採用の経緯等に照らすと、本件配転命令以前には、債務者から職種の変更がありうる旨の説明ないし提案を受けたことがないものと推認することができる。

(三)  以上認定のような各債権者の採用の経緯、採用後一貫して従事してきた職務の内容、性質、債務者病院から受けていた待遇等の事実を総合すると、債務者と各債権者の間の各労働契約の内容として、債権者武富、同船越、同山下については少なくとも検査技師免許取得時以降臨床検査技師としての、債権者佐藤についてはRI検査技師としての、その余の債権者については臨床検査技師助手としての各職種の限定があったものと認めるのが相当である。

なお、当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、債務者病院就業規則第六条に「配置換異動」と題して「業務上必要あるときは、転職させることがある。転職は、これを職場の転換および職種の変更とに分ける。」との規定があることが認められるが、右事実は前記認定を何ら妨げるものではない。

3  そこで次に、本件各配転命令による各配転先の部署における業務内容をみると、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者戸山は「事務」として外来受付事務担当とされてカルテの整理等の業務に就き、同西田は「事務」として電算機室に配置され、同山川は「看護助手」として病室の清掃、汚れ物の回収、洗濯等の業務に就き、同小田は「リハビリ」としてリハビリテーション助手業務に就き、同外山は「薬局」として薬品類の倉庫から薬局への運搬、薬局内の空箱の整理等の雑業務に就き、その余の五名の債権者は「庶務」として債務者病院玄関のガラス拭き、灯油、書類、材木等の運搬、病院内外の清掃、患者の搬送等の雑用をその都度命ぜられて行っている(なお「庶務」という部署については、債務者病院において「事務」「薬局」等と並列対応するものとしてもともと正規に組織上存在していたかどうか自体疑わしい。)ことが一応認められる。

4  そうすると、各債権者の配転先の部署における業務内容は、いずれも前記各労働契約において限定された職種の範囲を明らかに逸脱するものと言うべきであるから、本件各配転命令の意思表示は、債務者と各債権者との間の各労働契約についてその契約内容の変更を申し入れる意味を有するにすぎないものと言うほかなく、したがって、本件各配転命令は各債権者の同意がない以上各債権者の職種ないし配置部署につき原則として何らの法的効果も生じないものと言わなければならない。

5  以上のとおり、本件各配転命令の意思表示が、債務者と各債権者との間の各労働契約の内容に照らして、契約内容変更の申し込みの意味をもつにすぎないと解される以上、一方的に職種の変更を命ずる本件各配転命令は法律上の根拠を欠くこととなる筋合いであるから、たとえ強度の経営上の必要性等があって、いわゆる整理解雇をなしうるような場合であっても、一定の要件を充足のうえで剰員を解雇することはともかく、配転を命ずることは、それが当該労働者に承諾されて新たな労働契約の内容とならない限り、当該労働者の法的地位に何らの影響を及ぼさないとも考えられる。しかしながら、ひるがえって考えるに、一般的に言って労働契約において職種の限定がある場合であっても、当該労働者側にとっては解雇よりも配置転換の方がその被る不利益が少ない場合が多いと考えられること、他方、使用者側にとっても当該の部署ないし職種を廃止することなどに伴って生ずる剰員を直ちに解雇することなく、当該企業内部において既存あるいは新設の部署ないし職種に配置し、引き続きその労働力を使用することに利益を有する場合もあると考えられるから、使用者が経営上の合理的理由に基づき一定の部署ないし職種を廃止する措置をとることを必要とする場合において、右措置に伴い必然的に生ずる剰員につき解雇の方途を選ばずあえて配転を命ずることとした場合に当該労働者がこれに応諾しないことが労働契約上の信義に反すると認められる特段の事情があるときは、当該労働者の同意を欠いてもなお配転を適法有効に命ずることができると解する余地がないとは言いきれない。

6  そこで進んで、債権者ら主張の労働協約違反の存否について判断することとする。

(一)  福岡医療労働組合(以下「福医労」という。)福岡記念病院分会(以下「分会」という。)と債務者が、昭和五七年八月二五日、和解協定書なる書面に調印したことは当事者間に争いがない。右争いがない事実に疎明資料を総合すると、次の事実が一応認められる。

各債権者が本件配転命令当時所属していた分会は、同年六月末ころ結成され、以後債務者と夏季一時金支給額等の労働条件について交渉を重ねていたが、同年七月末ころから労使間の紛争が激化して一時交渉が中断していたところ、同年八月二五日午後七時ころから、債務者病院二階会議室において、債務者側代表として理事である院長が、分会側代表として福医労県本部書記長である轟斉雄が出席して右労使紛争解決のための話し合いをもった。右話し合いには、書記役として病院職員である河野才次郎のほか、仲介者ないし立会人として債務者も加盟している福岡県私設病院協会の事務局長である榎本憲一が同席し、債務者病院における労使関係及びこれに附随する諸問題が協議され、その結果、同日午後一〇時すぎころ、協議の結果を「和解協定書」と題する書面に成文化する作業が行われ、その後債務者代表者である院長と労働協約締結権限を有する分会の上部団体である福医労県本部書記長轟とが、それぞれ右「和解協定書」と題する書面の末尾に記名押印した。右「和解協定書」には、債務者と分会との間の労働条件その他についての合意が記載されている。右認定の事実によれば、右「和解協定書」記載の労使間の合意は、労働協約として成立したものと認めることができる。

(二)  ところで、債務者は、右労働協約につき、「債務者の真意に基づくものでなく無効又は強迫により取り消しうるものである」と主張するが、法律行為たる合意が一方当事者の真意に基づかないとしてもそのことだけで右合意が無効となることはないし、また、たとえ取り消しうる法律行為であっても適法な取消の意思表示がなされるまでは有効に存在するものというべきことは自明の理であるから、債務者の主張はいずれも主張自体失当である。なお、付言するに、右労働協約を締結するに際し行われた協議の時刻、場所、出席者のほか、疎明資料によって認められる協議途中一応合意案が形成された段階で、院長が、債務者病院に隣接する自宅に戻りそこに待機していた大塚巌らの債務者の理事や債務者の顧問弁護士である加藤美文に右案を示し協議のうえで再度前記会議室に戻って本件労働協約調印に至った事実等に照らすと強迫により取り消しうべきものであるとは到底認め難い状況にあったと言うほかはない。

(三)  次に、右労働協約の内容をみるに、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、右和解協定書の合意条項中、第一項後段に「職員の賃金、労働諸条件及びこれに関する諸問題については、すべて債務者と分会とで協議し、合意のうえで決定する。」と、また、第五項に「検査室の廃止を決定した病院運営委員会の決定は白紙撤回する。」とそれぞれ記載されていること、右和解協定書調印に先立つ同年八月一七日、債務者病院において、債務者の理事らのほか同病院の各部署の責任者をもって構成される病院運営委員会が開かれ、検査部門とRI部門の収支実態の報告を受けてその合理化の方策として同年一〇月一日から一部を残して臨床検査室を大幅に縮小し、検査業務の大半を外注によってまかなうことが決定されたこと、前記の第五項は、右の病院運営委員会の決定をとりあげこれについて協議の結果合意された条項であることが一応認められる。そして、右事実に加えて、一般に業務内容に専門性のある職種ないし部署の変更は労働者にとって重要な労働条件のひとつであることを考慮すると、右協定第一項にいう「労働条件」の中には、本件のような配置転換も含まれるものと解するのが相当である。

(四)  右のようないわゆる事前協議、合意条項がある場合、労使間の合意に至らなければ全く配転を命じえないかどうかは暫く措き、使用者は、少なくとも、事前に労使間の信義則に則った方法で配転を必要とする事情を説明し、配転に関する基準等の具体的提案を示して協議することを欠くことができないものと言うべきである。

しかるに、本件においては、債務者側から右のような労使間の信義則にかなった協議の申出がなされたことを認めることができない。すなわち、債務者提出の疎明資料中には、同年一〇月二七日及び同年一一月五日の二回にわたって、債務者病院事務次長川口正義から分会長である吉富英次に対し、検査室合理化の必要性を説明し、右合理化に対する協力を要請し、その意見の報告を求めたが、同人からは全く回答がなかった旨の同人の陳述書があるが、他方、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、当時臨床検査室主任であった吉富英次は、検査室合理化という抽象的な話は聞いたことがあるが、分会に対する協議事項として具体的な提案を受けたことはないと述べていること、分会結成以来本件労働協約締結に至るまでの間にも、債務者側は度々分会の諸要求に対し、これを受け容れるならば検査部門の合理化を行わなければならないと応じてきたが、その際、合理化とそれに伴う従業員の労働条件の変更について具体的な説明や提案をしたことがなかったことが一応認められ、右事実のほか疎明資料及び審尋の全趣旨によって認められる諸般の事情に照らすと前記陳述書のみによっては、債務者側から労使間の信義則にかなった協議の申出がなされたことを認めることができないし、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

(五)  なお、債務者は、本件労働協約は福医労の一方的破棄により効力を失ったと主張するが、その主張する「一方的破棄」によって何故労働協約の効力が失われるに至ると主張するのか明らかでなく、種々検討しても右主張を考慮するに足る法理上の根拠は見出し難いうえ、債務者が右主張の前提として主張する福医労が病院の不正の問題を労使間の紛争に使用せず、マスコミ、県議会に告発しないことを条件として本件労働協約を締結した事実は、本件全疎明資料によるもこれを認めることができないから債務者の右主張はもとより採用することができない。

7  以上によれば、債務者が各債権者に対してした本件各配転命令はその効力を生じないものというべく、本件申請は、前記認定の諸事情に照らし保全の必要があるものと言うことができる。

よって、本件各申請はいずれも理由があるから、これを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 湯地紘一郎 裁判官 松本光一郎)

別紙一

申請の趣旨

主文同旨

申請の理由

一 当事者

債務者は、肩書地において福岡記念病院(以下「債務者病院」という。)を経営する医療法人であり、従業員約二三〇名を雇用している。

債権者らは、いずれも債務者に雇用され、債務者病院において、昭和五七年一二月一七日当時、それぞれ別表「職種」欄記載の職種にあり、債権者佐藤義男は、放射線科に所属しRI(「ラジオ・アイソトープ」の略)検査業務に、その余の債権者らは、臨床検査室に所属して臨床検査ないしその補助の業務に従事していた。

別表

<省略>

二 本件各配転命令の意思表示

債務者は、各債権者に対し、右同日、別表「配転先」欄記載の各部署に配置転換する旨の意思表示を口頭で行い、その後、各債権者に対し右各配転先を記載したメモを手渡した。債務者病院事務局次長が、債権者らの追及に答えたところによれば、債務者病院が赤字経営のため、その合理化として検査室を全面縮小し、検査業務を下請(外注)に出す方針をとったということであった。

三 本件各配転命令の無効

1 労働協約違反

債務者病院における一連の労使紛争の後、昭和五七年八月二五日、債権者らが所属する福岡医療労働組合福岡記念病院分会(以下単に「分会」という。)と債務者との間で、「和解協定書」と題する書面により労働協約(以下「本件労働協約」という。)が締結された。本件労働協約第一項には、病院の職員の労働諸条件及びこれに関する諸問題についてはすべて債務者と分会との間で協議し両者合意のうえで決定する旨約されており、債務者は、本件各配転命令を発するに際して、事前に、分会と協議、合意すべきであった。しかるに、債務者は、本件各配転命令に際し、この点に関する何らの具体的提案もしたことがなく本件労働協約上要求される協議を全く欠いたまま、突然各配転命令を発した。したがって、本件各配転命令は本件労働協約に違反する無効なものである。

なお、右の労働協約が福岡医療労働組合(以下「福医労」という。)の強迫によるものであるとの債務者の主張は全く根拠がないし、また、福医労が昭和五七年一二月七日右協約を破棄した事実はない。

2 各債権者の同意の欠缺

債権者らのうち、別表「職種」欄記載「臨床検査技師」の職種にある者ら(以下「検査技師である債権者ら」という。)は、いずれも高等学校卒業後三年間専門学校ないし医療短期大学に学び、国家試験に合格して臨床検査技師の資格を取得したうえ、債務者病院臨床検査室において臨床検査技師として勤務してきた者らであり、「臨床検査技師助手」の職種にある者ら(以下、「検査助手である債権者ら」という。)は、それぞれ右の資格取得のために、夜間の専門学校である福岡県私設病院協会専門学校に通学しながら、又は、これを卒業した後引き続き、右国家試験の受験勉強をしつつ、臨床検査技師の技術、能力を修得する目的で、債務者病院臨床検査室において臨床検査技師助手として勤務してきた者らであり、「RI検査技師」の職種にある債権者佐藤義男は、大学の理学部を卒業し、放射同位元素等に関する一定の基礎知識を修得したうえ、第一種放射線取扱主任者免許を取得して、債務者病院放射線科においてRI検査技師として勤務してきた者であり、いずれもその職種を明確に特定して債務者に雇用されている者であって、債権者らが右の各職種においてのみ就労すべきことは、各債権者と債務者との間の各労働契約の内容をなしていた。債務者病院の就業規則第六条には、「業務上必要あるときは、転職させることがある。転職は、これを職場の転換および職種の変更とに分ける。」と定められているが、各債権者と債務者との間の労働契約において、検査技師ないし検査助手として職種を明確に限定した以上、債務者が各債権者の同意を得ずに一方的に職種の変更を伴う配置転換を命ずることは許されない。債権者らは、いずれも本件各配転命令について同意を与えたことはないから、本件配転命令は無効である。

3 不当労働行為

本件各配転命令は、分会の動揺もしくは弱体化を目的とした不当労働行為である。債権者らが所属する分会は、昭和五七年七月、債務者病院臨床検査室に所属する職員が中心となって約一三〇名の職員により結成されたものであるが、債務者は、分会結成直後からこれを著しく嫌悪し、第二組合を作らせたり、分会を誹謗中傷したり、些細な理由で分会員を処分するなどの攻撃をかけてきた。本件の大量配転命令は、分会の拠点職場である臨床検査室に攻撃を集中し、分会の動揺、破壊をねらってなされたものであり、同時に、活発な組合活動家である債権者らに圧力を加えることを意図するものであって、労働組合法七条一項一、三号に該当する不当労働行為として無効のものと言うべきである。

四 保全の必要性

債権者らは、いずれも医療専門職として特別の技術、知識、経験を有するものであるところ、本件配転先におけるような業務内容の職場では、その技術、知識、経験が全く活かされないばかりでなく、日進月歩の医学の進歩から取り残されてしまうことになる。さらに、福岡県私設病院協会専門学校臨床検査課程臨床検査課においては、全日制の専門学校に比べて実習時間数が極めて少なく、そのため、昼間勤務する病院における臨床検査業務が右実習時間の不足を補っているのが現実であり、また、それゆえに同校学則の細則上、臨床検査課の学生が業務に従事している場合、これを実習時間として認定することができる旨定められている。そして、検査助手である債権者らと債務者は、いずれも右の事情を前提としたうえで労働契約を締結している。したがって、右学校に通学中の検査助手である債権者らはもとより、既にこれを卒業した検査助手である債権者らにとっても、本件各配転命令により臨床検査技師の国家試験受験の目的上極めて不利な立場に陥ることとなる。

債権者らは、いずれも現在不安定な状況におかれて、不安な毎日を送っている。債権者らと同時に同様の配転命令を受けた臨床検査技師松本佳子は昭和五七年一二月に退職し、同大崎真理子、臨床検査技師助手松山幸弘も退職の意を表明しているが、これらはいずれも債権者の無謀な配転命令に将来の希望を断たれたからにほかならない。

各債権者は、現在債務者を被告とする各債権者が本件配転先において就労すべき義務のないことの確認を求める本訴を提出すべく準備中であるが、本案判決の確定を待っていては回復し難い損害を被るおそれがある。

よって、申請の趣旨記載の裁判を求め本申請に及んだ。

別紙二

申請の趣旨に対する答弁

一 債権者らの申請をいずれも却下する。

二 申請費用は債権者らの負担とする。

申請の理由に対する答弁及び債務者の主張

一 申請の理由一項の事実は認める。

二 同二項の事実は認める。債務者病院における経営合理化の必要性は次のとおりである。

1 病院経営については、昭和五六年六月まで約三年四か月間医療費が据え置かれ、同年六月には薬価の引き下げ、検査費の著しい引き下げが実施され、どの病院も経営が苦しくなっているが、債務者病院においては、昭和五七年度は昭和五六年度と比較して約二億円の減収が予想される一方、人件費は約八〇〇〇万円の増加が見込まれ、このまま経営の合理化を行わないで債務者病院を継続経営した場合は経済的破綻を来たし倒産することは必至である。昭和五七年一二月は前年同月に比較してマスコミによる病院の信用毀損も影響して月額二六八六万円の減収であり、合理化こそ病院が生き残れる唯一の道である。

特に、検査部門については、昭和五六年四月から昭和五七年三月までは検査部門、RI部門を合わせれば月間合計一六〇万円余りの黒字であったものが、昭和五七年四月から同年七月までの期間にRI部門も赤字となり、両部門の月平均赤字が三三三万円にもなり、その合理化が必要となった。

2 債務者は、昭和五六年七月以来債務者病院の合理化、特に検査部門の合理化、即ち検査を外注にして内部の検査室を大幅に縮小しなければ病院経営の継続が困難となることが明らかとなったので、検査部門の合理化について検査科に意見を求めていた。債務者は、昭和五七年八月一七日第五〇回病院運営委員会(検査科長も出席)においてRI部門、検査部門合わせて月額三三三万円余りの赤字が出ており、これを外注すれば逆に利益が六九八万円余り出ることを報告し、同委員会において検査を外注に出すことが全会一致で賛成され、同年一〇月一日から一部作業部門を残して検査は外注することが決定された。

3 債務者は、昭和五七年八月二五日、予定した検査の外注を後述の事情から一時取り止めたが、外注をせずに赤字部門を放置することは病院の存続すら脅すことになるので、昭和五七年一〇月ころから数回にわたり組合分会長である吉富英次に検査室合理化の必要性を説明し、合理化に対する協力を要請してきた。しかし、右合理化につき吉富英次からの回答はなかった。

4 このように毎月赤字を計上し、病院経営を危うくする部門を合理化することは経営者として当然の措置というべくまた、経営者の義務ともいえるものである。検査の外注は、債務者病院経営に必要不可避の合理化で、その必要性があり、その合理化の手続についても債権者らに対し赤字の内容を十分説明し、検査科に意見を求めて決定したものである。

三 同三項1のうち、債務者が債権者ら主張の和解協定書に押捺したことは認める。しかし、右和解協定書作成に際しては、次のような事情があった。

即ち、債権者らが加入している分会の上部団体である福岡医療労働組合福岡県本部(以下「福医労」という。)は、債務者に対し、債務者病院には多数の不正があるから、これをマスコミや県議会に告発し同病院を社会的に抹殺することはたやすいことである、福医労の言うとおりにするならば同病院は安全である、福医労は、病院の約一〇〇〇件、書類の厚さ約一メートルに及ぶ不正の確証を握っているなどと申し向けて、もし債務者が福医労の要求に従わなければいかなる手段に出て病院の信用を毀損するかわからない旨告げて債務者を強迫した。債務者は、同病院に不正はないと信じたが、分会に加入している従業員より不正がデッチ上げられている可能性もあり、真実に反するものであっても同病院の不正なるものがマスコミに告発されれば、同病院の社会的信用は著しく毀損され、経営上の大きな打撃を受けることから、やむなく右福医労の要求に応じて右和解協定書に押捺した。

したがって、右和解協定は債務者の真意に基づくものでなく、無効又は強迫により取り消しうるものである。

仮に、債務者の右主張が認められないとしても、右和解協定は福医労が一方的に破棄したから既に効力を失っている。即ち、債務者は、福医労が病院の不正という問題を二度と労使間の紛争に使用せず、マスコミ、県議会に告発しないことを条件として本件和解協定書に押捺し、六〇〇万円を支払った。しかるに、福医労は、昭和五七年一二月七日、債務者病院が不正請求をしているといって全く虚偽の事実をマスコミ、県議会に告発する手段に出たものであり、これは福医労の和解協定の一方的破棄というべきである。したがって、右和解協定は、昭和五七年一二月七日の福医労の一方的破棄により効力を失った。

四 同三項2の事実のうち、検査技師である債権者ら、検査助手である債権者ら及び債権者佐藤義男がそれぞれ債権者ら主張の職種にありその主張の経歴を有すること、債務者病院の就業規則に債権者ら主張のような規定があることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。各債権者と債務者との間の各労働契約において各債権者の職種を限定したことはない。

たしかに、債務者は検査助手である債権者らが福岡県私設病院協会専門学校に通学している者であることは知っていたが、これは、同校の学生に他の職場で働くより病院で働きたいとの希望があり、また、債務者病院院長が約五年間同校の副学長を勤めていたことからその学生を雇い入れることを引き受けたにすぎず、採用時の各労働契約において、職場ないし職種の特定をしたことはない。債務者は、右債権者らに右専門学校に通学することを義務づけておらず、また、債務者は右専門学校に通学している債権者らに対し、臨床検査技師の国家試験の合格後についても何らの拘束もしていないし(たとえば、合格後何年間債務者病院で働かなければならないというような約束はしていない。)、逆に右試験に合格すれば必ず検査技師の資格で雇用するという約束も全くしていない。さらに、債務者病院に勤務しながら右専門学校に通い、臨床検査技師の国家試験に合格したが、すぐ他に勤務した者も多数いる。以上のとおり、債務者は、右債権者らが資格を取るために専門学校に通学することを単に容認し、その生活のための職場を与えていたにすぎず、これをもって職場の特定、職種の特定ということができないことは明らかである。

また、検査技師である債権者らについても、採用の時点で既に臨床検査技師の資格を有していた者はなく、資格を問わずに採用したにすぎない。

債権者らの職種が各労働契約上限定されたものではないことは、債務者病院の就業規則第六条に業務上必要あるときは転職させることができる旨規定されていることからも明らかであり、債務者は、債権者らに対し、採用の時点で、検査業をさ務のみを行わせそれ以外の職種への転職せないことを約束したことは全くない。

五 さらに、前述のとおり、債務者病院の存続のためにはその合理化が必要であり、その中で大幅な赤字を出している検査部門の外注化が不可避な手段であり、また、マスコミに不正請求などと書かれて病院の収入が大幅に減少したこととも合わせ、本件和解協定の後の事情変更により緊急に本件各配転命令を行わなければならなくなったものである。

企業にとって必要やむを得ない合理化で、その手続に合理性がある場合は合理的基準により解雇すら認められることは争いがないところである。債権者らは労働協約の存在や、職種が労働契約の内容となっていたことを主張するが、右主張は病院の存続があってはじめていえることである。

本件検査部門が前述のとおり莫大な赤字を計上し病院の存続を危うくしていることからすれば、仮に債権者の主張に理由があるとしても、債務者の経営の合理化が許されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例